結局エンジニアは英語が必須

■結局エンジニアは英語が必須

最初に英語の開発資料を読まなくてはならなかったのは、マイクロソフトのWindows 3.0上で動くVB1.0だった。日本語の資料はなく、非常に苦戦した。

当時は、ダウンサイジングなんて言葉はまだなかった気がする。

ぼくは、××電気の子会社のXXソフトで、銀行の渉外員が持つハンディ端末のCのプログラムと、当時ではダウンサイジングの先端だったのだろう、OKITAC8000系(UNIX)上のプログラムを書いていた。

まだ、ペェペェで設計は当然さえてもらえるはずも無く、UNIXわかんねぇ???と思いながら、プログラムが動くのが楽しくて仕方なかった。

日本語マニュアル完備の状態から、受験英語しか知らんぼくは、汎用機とも、UNIXとも違う、MSDOSとWINDOWSとVBで、かつ英語資料しかない、けど、なんかRADの凄さに、背筋に稲妻が走るほど強烈なものを感じて、こりゃすげぇと思っていじくりまくっていた。

運が良かった。

XX電気にとっても、VB1.0への取り組みは、おそらく、ぼくが携わっていたもの以外にはなかったかも知れない。コールセンターに使えるかどうか?テーマはそんな感じで、完全に調査系のプロジェクトだ。予算は少なかった。

CともC++とも違う、けど、基本概念はオブジェクト思考で、それにRADというかぶせ物をしてあるのがVBだと認識していた。VBは、オブジェクト指向ではないと言われているが、そりゃ、大きな間違いで、ほとんどのVBの部品(ボタンやテキストボックス)は、プロパティとメソッドを持っている、元々は何かのオブジェクトを拡張して派生したものという認識で間違いないと、VB1.0でも良くわかった。

VBは解りやすい概念と開発環境で、なんちゃってプログラマーでもなんとかプログラムを作れちゃう、すごいものだが、本来は、C++の拡張言語で、VB6.0では完璧なオブジェクト思考言語だ。

使う人間が、構造化言語的に使っているだけだ。

まぁ、そんなのことで、英語とガップリ取り組むのは、VBで慣れたわけだが、舶来物のミドルウェアは英語を読まなきゃ開発できない。ヘンテコなものでは、COBOLからHTML画面のジェネレートのラッパー、EAI、JAVA系も英語多かった読んだが、この年齢になって、やはり英語で開発したほうが楽だという結論に達した。

世界のデファクトに合わせようとしたら、どうしても英語になる。資料は英語、プログラムは読めてもAPIの意味わかんないから、結局読まざるをえない。
MSは優しいので日本語化してくれるが、Googleはそんな気さらさらないので、英語資料しかない。

Googleから派生する技術も当然全部、ローカリゼーションされない。特に困ったチャンなのは、Googleは皆さんが使うもの、作る人は頭がいい人限定、理解できないなら、しなくていいと言わんばかりの敷居を設けている。

派生技術はもっとこまったチャンで、Googleについていくのがやっとだから、まったく、使う側を意識していない。UNIXのカーネル読めよ、UNIXの開発者ならと、30年前に戻された気分だ。

開発なんてやってる歳か?と思うが、Googleのサーバサイドを相手にすると、市場にちらほらいる上級開発者でも、正しい解釈が難しい部分があるように感じている。直感だけどね。

Androidは、サーバサイドのGoogleとは全く別物で、異なるカテゴリーのエンジニアが開発してるように思う。なによりキタナイし、技術としてセンスがない。だから、やっつけ開発エンジニアでいいと思う。

Googleって、システムだけど、数学で、本に書いてあることなんて、特に日本語の本なんて、まったく役にたたない。

万里の長城

思えば、最初に

VBをさわったとき、英語に切り替えればよかった。

やはり現実は渋い。
後悔・・・orz

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